今日よりや書付消さん笠の露
2008年7月1日 SS コメント (1)「『夏草や じめっとしてて なにこれキモッ』芭蕉。」
「不快です。」
「一言でズバッと片付けないでよぉ!仕方ないじゃないか、最近スランプなんだから…。」
歩きながら周囲にあるものを見ては手当たり次第に句を詠み、そして悉く弟子の不評を買う。
ながら作業で歩く師の歩調はどうしても弟子のそれよりも遅い。
それでも初めの頃はそれなりに合わせて歩いていたが、己の句の出来栄えに半べそをかき始めた辺りから師弟の距離は確実に離れ始めていた。
「芭蕉さん。」
「なんだい曽良くん。」
すれ違う往来の人々を横目に前を歩く曽良が立ち止まって振り返った。筆と紙を手にしたまま芭蕉は視線を上げる。
「僕この先の茶屋で休んでますんで、どうぞごゆっくり。」
「えええ!?待ってよ!スランプの師匠置いていかんといて!鬼弟子!こういう時は師匠のために荷物持ってあげたりするものじゃないの?!」
「あの気味の悪い人形にでも慰めてもらえばいいじゃないですか。」
「マーフィ君を馬鹿にするなコラァ!マーフィ君はすごいんだぞ!つおい子なんだぞ!乱暴な弟子に何度ボロボロにされても私の側をずっと…!!ってあ”ぁ”〜もういねぇ!!」
半笑いで言われた言葉に芭蕉は筆を投げその場で座り込んだ。そして極めて限られた個人向け嗜好性が著しく強い愛玩人形を取り出し、ぎゅっと抱きしめる。
そのままその素晴らしさを改めて伝授しようと顔を上げた時にはもう既に弟子の姿は無かった。
「うぅ、まさか本当に先に行っちゃうなんて…。これじゃ一緒に旅してる感じがしないじゃないか…ん…?『一緒』に?」
赤子が愚図るようにすすり泣きながら服の裾の土を払って立ち上がる。ふっと師に沸いた疑問がその動作を停止させた。
―なんで曽良くんは私と一緒に旅してるんだろう。
「…後で聞いてみよ。」
***
「おや、案外早かったですね芭蕉さん。」
「うわぁ、ちょっと離れたただけなのに随分くつろいでたんだね、そのお団子何皿目?…まぁいいや、あ、あのね曽良くん。」
「なんですか。」
茶屋の野点傘の下で涼む曽良の前で芭蕉が一つ呼吸を置いた。
「な、なんで曽良くんは私と一緒に旅してるの?」
「あ?」
―『あ?』って言われたっ!
「だ、だって曽良くん、さっきみたいに先に行っちゃうし、おっかないし、師であるはずの私の事全然敬ってくれてないみたいだし、月謝とかも払ってくれないし…その、い、嫌だったら無理についてこなくても…」
「…。」
―ひぃぃ。めちゃくちゃ眉間に皺寄ってる!怖い!
弟子の静かなる形相に芭蕉は言葉をとめた。
対してその弟子は師の怯えた表情を真摯とも言えなくもないそれで見つめていた。
「…チッ、このクソヘタ男弱ジジイが。」
「たった一息でめちゃくちゃ酷い事言ったな!」
息が詰まるような沈黙の後にそう吐き捨てると、ショックを受けている芭蕉を他所に曽良は傘を被り、御代をその場に伏せ席を立った。
「そろそろ行きますよ芭蕉さん。」
「え、ちょっと待って!私まだ一服の『い』の字もしてない!松尾パンらはぎ!」
―どうしようもなく。バカだ。
この人が何気なく詠んだたった一つの句で、どれほど多くの人の心身体を動かしているのか。
自分が詠んだ句にどれほど大きな力があるのか。
この人自身が知らない。
そして僕も動かされたその一人で。
この人が創る、人を動かす句を詠む瞬間に立ち会いたいから。
そんなこと芭蕉さんの口が裂けても言わない。
「今なんか恐ろしいこと考えてなかった?!」
「いいえ。」
雲の峰いくつ崩れて月の山
「ちなみに月謝を払ってないのは単に払いたくないからです。」
「チクショォォ!!」
----
なっが。お前これもう本館のotherにうpしなおせよ。
あれだ、三人称で書くと長くなるんだきっと。
ところで色々芭蕉とか曽良の事調べてたらなんか私の中の妄想マシーンがすごいことになりそうですよ。
何気に曽良の過去が複雑な感じ。代表的な句もその生い立ちから来てるのか、とても切ない。
ちなみにタイトルは河合曽良が詠んだとされてる、松尾芭蕉との別れの句。
そういえば辞書で調べると曽良の『そ』の字が『曾』になってるけど漫画だと『曽』なんだよね。
「不快です。」
「一言でズバッと片付けないでよぉ!仕方ないじゃないか、最近スランプなんだから…。」
歩きながら周囲にあるものを見ては手当たり次第に句を詠み、そして悉く弟子の不評を買う。
ながら作業で歩く師の歩調はどうしても弟子のそれよりも遅い。
それでも初めの頃はそれなりに合わせて歩いていたが、己の句の出来栄えに半べそをかき始めた辺りから師弟の距離は確実に離れ始めていた。
「芭蕉さん。」
「なんだい曽良くん。」
すれ違う往来の人々を横目に前を歩く曽良が立ち止まって振り返った。筆と紙を手にしたまま芭蕉は視線を上げる。
「僕この先の茶屋で休んでますんで、どうぞごゆっくり。」
「えええ!?待ってよ!スランプの師匠置いていかんといて!鬼弟子!こういう時は師匠のために荷物持ってあげたりするものじゃないの?!」
「あの気味の悪い人形にでも慰めてもらえばいいじゃないですか。」
「マーフィ君を馬鹿にするなコラァ!マーフィ君はすごいんだぞ!つおい子なんだぞ!乱暴な弟子に何度ボロボロにされても私の側をずっと…!!ってあ”ぁ”〜もういねぇ!!」
半笑いで言われた言葉に芭蕉は筆を投げその場で座り込んだ。そして極めて限られた個人向け嗜好性が著しく強い愛玩人形を取り出し、ぎゅっと抱きしめる。
そのままその素晴らしさを改めて伝授しようと顔を上げた時にはもう既に弟子の姿は無かった。
「うぅ、まさか本当に先に行っちゃうなんて…。これじゃ一緒に旅してる感じがしないじゃないか…ん…?『一緒』に?」
赤子が愚図るようにすすり泣きながら服の裾の土を払って立ち上がる。ふっと師に沸いた疑問がその動作を停止させた。
―なんで曽良くんは私と一緒に旅してるんだろう。
「…後で聞いてみよ。」
***
「おや、案外早かったですね芭蕉さん。」
「うわぁ、ちょっと離れたただけなのに随分くつろいでたんだね、そのお団子何皿目?…まぁいいや、あ、あのね曽良くん。」
「なんですか。」
茶屋の野点傘の下で涼む曽良の前で芭蕉が一つ呼吸を置いた。
「な、なんで曽良くんは私と一緒に旅してるの?」
「あ?」
―『あ?』って言われたっ!
「だ、だって曽良くん、さっきみたいに先に行っちゃうし、おっかないし、師であるはずの私の事全然敬ってくれてないみたいだし、月謝とかも払ってくれないし…その、い、嫌だったら無理についてこなくても…」
「…。」
―ひぃぃ。めちゃくちゃ眉間に皺寄ってる!怖い!
弟子の静かなる形相に芭蕉は言葉をとめた。
対してその弟子は師の怯えた表情を真摯とも言えなくもないそれで見つめていた。
「…チッ、このクソヘタ男弱ジジイが。」
「たった一息でめちゃくちゃ酷い事言ったな!」
息が詰まるような沈黙の後にそう吐き捨てると、ショックを受けている芭蕉を他所に曽良は傘を被り、御代をその場に伏せ席を立った。
「そろそろ行きますよ芭蕉さん。」
「え、ちょっと待って!私まだ一服の『い』の字もしてない!松尾パンらはぎ!」
―どうしようもなく。バカだ。
この人が何気なく詠んだたった一つの句で、どれほど多くの人の心身体を動かしているのか。
自分が詠んだ句にどれほど大きな力があるのか。
この人自身が知らない。
そして僕も動かされたその一人で。
この人が創る、人を動かす句を詠む瞬間に立ち会いたいから。
そんなこと芭蕉さんの口が裂けても言わない。
「今なんか恐ろしいこと考えてなかった?!」
「いいえ。」
雲の峰いくつ崩れて月の山
「ちなみに月謝を払ってないのは単に払いたくないからです。」
「チクショォォ!!」
----
なっが。お前これもう本館のotherにうpしなおせよ。
あれだ、三人称で書くと長くなるんだきっと。
ところで色々芭蕉とか曽良の事調べてたらなんか私の中の妄想マシーンがすごいことになりそうですよ。
何気に曽良の過去が複雑な感じ。代表的な句もその生い立ちから来てるのか、とても切ない。
ちなみにタイトルは河合曽良が詠んだとされてる、松尾芭蕉との別れの句。
そういえば辞書で調べると曽良の『そ』の字が『曾』になってるけど漫画だと『曽』なんだよね。
コメント
え、もしや楽しみにしてるなんて言ったから書いてくれたの!?なんて自意識過剰ですいません……うわぁ、なんだかシリアスもわずかに混じってて凄く好きだ。
確か初期の人気は遣隋使に傾いていた気がするが(とは言っても私が高校の頃だからな……)、今はどうなんだろうね〜